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ペルーの旅 夢にまで見たマチュピチュ!!
2005-11-23 Wed 04:58
クスコからペルーレイル・ヴィスタドームで三時間半・・・
マチュピチュ梺の村であるアグアスカリエンテス(マチュピチュ村)
へとついにやってきた・・・。
この胸の高鳴りはどう表現したら良いのだろうか?!

ホテルの手配はクスコでやってもらったので
駅に着いたらホテルの人が迎えに来ていて、その場で荷物を預け
その足でマチュピチュへ向かうバスに乗り込むことになった。

20051122183141.jpg

村から橋を渡るところにあるマチュピチュの看板。
ついに来たか!!という感じだ。

バスはさながら箱根のいろは坂のようなつづら折りの山道を20分
突き進む・・・

20051122183616.jpg

ワイナピチュより撮影。
マチュピチュの発見者より名前が付いたつづら折りの坂道
ハイラム・ビンガム・ロード。
くねくねと曲がる坂道を登り切ると、マチュピチュの遺跡がある。
山の上にあるこの古代の街は梺からは全く存在が分からない。
空中都市と呼ばれるゆえんだ。

20051122184156.jpg

20分かけて頂上にたどり着いた。
バス停の前には、マチュピチュ唯一のホテル・サンクチュアリ・ロッジ
がある。
このホテル、マチュピチュの隣にあるというそれだけのホテルだ。
ただの山小屋みたいな感じだが、一番景色が悪く、一番安い部屋でも
5万円はするという高級ホテルだ・・・。
ロケーションが良いからってぼったくりだとおもうのだが・・・
貧乏旅行の私は梺の村で寝泊まり。

バス停のすぐ前にマチュピチュ遺跡の入り口がある。
トイレはここにしかない。
売店もここにしかない。
用事は済ませてから遺跡へ行った方がよい。

さて、ついにマチュピチュ遺跡内へと入った。
高地なので少し歩くだけで息切れがする。
山道のようなところを登り、視界が開けた・・・・

そこに待っていた景色は・・・・

20051122185124.jpg

ついに来てしまった!!
子供の頃からの憧れの地。マチュピチュ。
見たら感動して泣くかもしれないと思ったのだがさすがに泣かなかった。
それよりも、目の前にこの景色が広がっているという現実が
理解できない・・・夢のようだった。


20051122185947.jpg

見張り小屋。マチュピチュ一の眺望の良さ。
おなじみの観光写真や上記の写真などはみんなこの小屋の前で撮影された物
インカ時代はこのようなわらぶき屋根の家が連なっていた。
20051122185833.jpg


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街の玄関。

20051122190700.jpg


太陽の神殿。
美しい曲線が印象的だ。

20051122190956.jpg

マチュピチュ敷地内にはリャマが放し飼いされている。
彼らは集団で行動し、遺跡内やインカ道などに生えている草を食べ
生きている。

20051122193308.jpg

ラクダ科の生き物リャマ。
臆病だけどかわいらしい動物だ。

20051122194006.jpg


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少し横から見た図。
断崖絶壁に街があるというすごさが伝わるだろうか?
遺跡の後ろにある山はワイナピチュ(ケチュア語で若い峰。マチュピチュは老いた峰)
ワイナピチュに登頂するとマチュピチュ全体図が見渡せる。

20051122191957.jpg

マチュピチュからワイナピチュ・月の神殿までの地図。
ワイナピチュ1時間
月の神殿2時間半とある。

険しいインカ道をひたすら登ると、ワイナピチュの頂上へ行くことが
出来る。
それにしても険しい・・・
山登りというより、ロッククライミングに近い感じ。
毎年、落ちて亡くなる旅行者がいるというのも納得。

苦労して山頂へとたどり着く・・・
「ここから見るとマチュピチュはコンドルの形をしているのがわかる」
と、言われているのだが・・・・
私は未だにどれが頭なのか、さっぱり分からない・・・。


20051122192405.jpg

コンドルの形??右下が頭なような気がする。

頂上の岩で一休み。
朝一番で登った私は、3番目の登頂者だった。
そのあと、沢山の人がぞろぞろ・・・。
驚いたのが日本人の多いこと多いこと・・・
日本人個人旅行者の集まりになってしまった。10人以上いたと思う。
こんなに日本人を見たのは後にも先にもこのときだけ。
日本から持参した、おせんべいとカラムーチョで軽食。
関係ないけどスペイン語でムーチョは「沢山」って意味。
つまり「沢山辛い」って事なんですね~。
意味を考えた事なかったんで気がついて嬉しかった。

20051122192604.jpg

なぜか頂上の岩の上でトランプを始めた人たち・・・
とんでもないマイペースっぷりに感動した。
20051122194053.jpg

高山病に良いとされるコカの葉。(写真手前)
インカ人も栽培していたようだ。
世界でコカの栽培が合法で認められているのは
ペルーとボリビアだけ。
ここぞとばかりにコカ茶を沢山飲んできた。
こっちでは、日本の緑茶のようにポピュラーな飲み物。
別になんてことない味のお茶だった。
コカはコカインの原料になるのでたとえお茶でも
アメリカはもちろん日本持ち込み不可。

20051122194718.jpg

クスコのインカミュージアムで撮影したマチュピチュの模型。
模型にすると全体像がわかりやすい。
本当は撮影禁止。

マチュピチュは小さい街なのでふつうツアーだと日帰りか
長くて1泊。
個人旅行者でも2日行けば良い方なのだが、私は折角なので
3日間通った。
1日目は曇り、2日目は雨と霧、3日目は晴天!
苦労してついに納めた、青空のマチュピチュ・・・。

20051122194846.jpg

遙々遠く、インカの地へとやってきて本当に良かったと
思った瞬間だった・・・。

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ペルーの旅 いよいよマチュピチュへ・・・出発
2005-11-05 Sat 14:09
さて、このペルー旅行のハイライト、
インカの空中都市 マチュピチュへ向かいます。

クスコからマチュピチュへ列車で3時間半ほど。
私の乗ったビスタドームクラスはいわゆる中級クラスで
もう一個下のクラスにバックパッカークラスというのもあります。
このマチュピチュへの列車。指定席券なので日本で予約してから
出発しました。
http://www.orient-express.com/web/tper/journeys/4_53409.jsp
日本で予約番号をメールで受け取り、クスコでチケットと引き替えします。
20051105040124.jpg

チケット引き替え所

パスポート提示して、予約名と一致しないと買うことが出来ません。
完全に外国人向けの列車で、とても安全かつ快適な列車の旅でした。

朝、6時出発のビスタドームクラスの列車に乗るために
5時に起床。タクシーで駅へ向かった。
まだ薄暗い駅の周辺には、これからマチュピチュへ向かう観光客を
あてにした物売り達がミネラルウォーターやお菓子、フィルムなどを
売りつけてくる。
その中を通り抜け、駅へたどり着く。
ブルーの列車、ペルーレイル・ビスタドームクラス!!

これに乗れば、子供の頃からの憧れ場所、マチュピチュへと行けるのだ!
まだ信じられない。かなりの興奮状態だった。

ホームで日本人団体旅行客の皆様に遭遇。
久しぶりに日本語が聞こえたので思わず「こんにちは!」と話しかけたら、
何?この人・・・・??って顔をされてしまった・・・。
こういうとき、島国の人だなぁ・・・って思うよ。日本人。
欧米人なら赤の他人でも笑顔でハロー!なのだが。

しかも、私の事を日系人か、現地に住んでる人と勘違いしたらしい。
団体旅行で海外に来る人達にとって、女が南米に一人で来るなんて
想像も出来なかったらしく、かなり驚かれた。
ペルーへ来て三日目・・・変な帽子をかぶっていたからなのか?
バリバリの日本人なのに・・・

団体客とはお別れして、自分の席へ。
私の座席は車両の一番前の角席だった!素敵!
チケット売り場のお姉さん有り難う~!と、感謝した。
このマチュピチュまでの道のり、景色がとても美しいと評判で
マチュピチュはもちろんのこと、列車もかなり期待していた。
車窓から写真も沢山撮るつもりだったので、良い席で嬉しい。
後ろはスウェーデンからやってきた、男女ごちゃ混ぜの7人組。
5週間かけて南米を回っているらしい。
みんなで写真撮りまくりのにぎやかな列車の旅となった。

さて、クスコからマチュピチュ梺の村、アグアスカリエンテスまでの
3時間半の旅が始まる・・・いよいよ列車が動き出した。

だんだん外が明るくなってきてた。
朝日を浴びたクスコの街を一望しながら、スイッチバックで少しずつ
山を登って行く。
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列車の車窓からクスコを望む。
さすがは世界遺産。すばらしかった。
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のどかな田園風景・・・平和だなぁ
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世界の車窓から
「今日はクスコからアグアスカリエンテスへ向かう旅です。」
なんて番組のテーマソングが聞こえてきそうな感じです。

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ビスタドームクラスでは軽食も出ます。
とはいえ、飛行機の機内食みたいなもんで、たいしておいしくないですが。
サンドイッチとカットフルーツ、あとアップルパイみたいなのでした。

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途中駅で窓の外からお土産を売ってくるおばさん。
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列車はだんだん険しいアンデスの山道を進んでいきます。
20051105045232.jpg

ごつごつとした岩山。厳しい大自然の中インカ人は段々畑を作り
生活していたのだと思うと感動しますね。20051105045308.jpg

あちこちに点在するインカ時代の段々畑。
山の間を流れる川
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ついに3時間半の列車の旅も終わり、
アグアスカリエンテスに到着しました。
マチュピチュまであと少し!!
20051105050547.jpg

アグアスカリエンテスとは熱い湯の意味。
ここは温泉地なんですね。
ここには沢山の安宿やレストラン、土産物が軒を連ねています。
マチュピチュへはここからバスで山を登り30分ほど。
20051105051608.jpg

アグアスカリエンテス駅前の土産物屋。

次回はついにマチュピチュへご案内します。
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ペルーの旅 クスコ郊外 編 その2
2005-10-09 Sun 10:17
早朝から夕方にかけて、タクシーで行った
「インカ聖なる谷巡りValle Sagrado de Los Incas 」

クスコを出発して1時間ほど、美しいアンデスの景色を眺めながらドライブ。
20051008230539.jpg

東京では見られない真っ青な空に感激しながら、たどり着いたのは、
チンチェーロ村(Chinchero)だ。

この村、その昔インカ帝国の重要な城があったとされるが、
今は基礎部を残して教会が建っているだけである。
別になんてことない、山村といったところか・・・
インカの遺跡ですよ!と言われなければ何なのかよくわからない所。
教会も、素朴な作りで大した見所もない。

333.jpg

ここで一つだけすごい!と、思ったのはこの場所の標高だ。
なんと3725メートル!!
富士山頂とほぼ同じ。空気がとても薄い・・・

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ゆっくりと時が流れる・・・。
東京とは時間の流れが違う気がした。
20051001000753.jpg

ロバが荷物を運んでいる。
山間では車より便利なのかもしれない・・・

次はウルバンバ(Urubanba)へ・・・
標高もぐっと下がって2863メートル。
呼吸も楽になる。
20051001001958.jpg

ここも別になんてことない場所(そればかりだな・・・)
クスコの市民にとっては保養地であり、バケーションシーズンには家族で遊びに来るらしいが、海外旅行をするような私たちとっては
「これが?」といった感じか・・・
お昼にはここで食事をした。

お次はオリャンタイタンボ(Ollantaytanbo)だ。
ここは聖なる谷の中心に位置する場所。
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やっと、遺跡らしい遺跡に出会えた・・・。
インカ帝国時代の宿とも、要塞跡とも言われているが、正確なことはわからない。
20051008234443.jpg

急な階段を登り詰めると広場があり、広場には大きな石の建造物がある。
これも、太陽の神殿の造りかけだとか、鏡だとか言われているらしいが
実際のところはわかっていない。
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オリャンタイタンボ村はインカ時代の村の様式、家のスタイルを残しており、
インカ時代の水路や下水道が今も使われている。
スペイン風の作りと比べて素朴な印象を受けた。

お次はユカイ村。(Yucay)
アドベ作りのかわいらしい村。
特に見所もない。
4658.jpg


更に進んで、ピサック村(Pisaq)へ。
ここはドライバーのアントニオさんの実家があるところなのだそうだ。
ということで、アントニオさんには実家でくつろいでもらいながら
私は市場で写真撮影&買い物。
20051009001339.jpg

ここの市場は結構にぎわっていて土産物屋も沢山あるし、クスコより
物価が安いのでおすすめだ。
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独特な柄のカーペットや服が売られている。
20051009001327.jpg

お気に入りアイテムのインカ軍VSスペイン軍チェス。
安いのに本当に良くできた作り。
インカ人は小さめ、スペイン人は大きめに作られており、
体格の違いを感じることが出来る。
そして、インカ人はリャマに、スペイン人は馬に乗っているというのも
面白い。
頭に羽をつけ背中には太陽のマークがインカの王様。
冠をかぶり、背中に十字架が描かれているのはスペインの王様だ。

調子に乗って沢山買ってしまったので後で嵩張った。
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おみやげ物だけでなく日用品や青果も売られている。

20051009002802.jpg

このピサックには山の頂上にインカの遺跡があり、ミニマチュピチュのような感じらしいが、登るのに1時間はかかるらしく行けなかった。
これは遠くからみた遺跡の風景。

ピサック村を後にして、向かうのは
タンボ・マチャイ(Tanbo Machay)だ。
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20051009003355.jpg

ここは「聖なる泉」と言われているところ。
インカ時代の沐浴場だったらしい。
雨期・乾期を通じて同じ量の水が沸きでている。
しかし、この水がどこから来るのかは未だわかっていない。

次はプカ・プカラ(Puka Pukara)へ。
ケチュア語で「Puka」とは「赤い」という意味。
「赤い要塞」とも呼ばれているこの遺跡は現代でも少しだけ石に
赤色が残っている。
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ここでタンボマチャイで沐浴するインカ王に近づく危険人物がいないか
見張っていたようだ。

ケンコー(Qenqo)へ。
岩を削って作られたこの遺跡は、インカ時代の祭礼場だった。
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洞窟の中には皇帝の座った玉座や生け贄の台もある。20051009005545.jpg


最後はサクサイワマン(Sacsayhuaman)へ。
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クスコの東側を守る要塞跡。
20051009010755.jpg

クスコの街は全体がピューマの形をしていてサクサイワマンは
その頭の部分に当たるらしい。
ここからは、クスコの街全体が一望できる。

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これでツアーは終わり。
クスコへと戻った。

ぐるっと丸一日かけて回った
「インカ聖なる谷巡りValle Sagrado de Los Incas 」

マチュピチュ遺跡などと比べてあまり迫力はないものの
美しいアンデスの景色の中を車で駆け抜けるのは爽快だ。
興奮して、車の窓を開けシャッターを切りまくった私は
その夜高熱を出したが・・・
冷風で喉をやられてしまったらしい。
そして、風邪薬を入れ忘れていたことに気がつき青くなった。
一晩寝たら気合いでなんとかなった。

クスコでは厚着を心がけることをお勧めする。
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ペルーの旅 クスコ郊外編 その1
2005-10-02 Sun 02:20
今回はクスコの街から少し郊外へ。
「インカ聖なる谷巡りValle Sagrado de Los Incas 」

20050930231847.jpg


クスコからは車で行くかバスという手段しかないため、
ツアーで行くのが一般的。
しかし、ツアーの日程が火・木・日 の週三日しかない。
私の予定では月曜しかあいてなかったので、ちょっとゴージャスに
タクシー1日貸し切りで行ってしまった・・・高かったが・・・

20050930233530.jpg


マチュピチュのような写真映えする遺跡はほとんどなく
遺跡に興味のない方はおそらく行っても面白くないかもしれない。
インカの段々畑とか、小さな神殿跡とか、ちょこちょこっとした感じの
遺跡群だ。
行く前から旅行会社の人にも

  私   「これは面白いですかねぇ??行く価値あり?」
旅行会社の人「・・・・・。うう~ん。マチュピチュ見ちゃえば
あとはにたような感じの石とかがあるだけだから・・・・。
僕はあんまり・・・。」

というお話を聞いていて「どうかなぁ?」って思ってはいたのですが
一応、インカの旅と称して「インカワールドにどっぷりはまりたい!」
と思っていた私なので、行ってみることにしたのでした。
結果、遺跡はたしかにあんまり・・・って感じのものが多くて
旅行会社の人が言うこともうなずける。
インカ遺跡を隅々まで知りたい!っていう遺跡マニアは楽しいだろうが。
ただ、あこがれのアンデス山脈をドライブできたので気持ちよかったし
なんと言っても景色がとても美しい。

20050930230944.jpg

抜ける青空・・・空がとても近い


真っ青な空と壮大なるアンデスの山々・・・
その場所で暮らす人々の生活・・・

クスコの街のように一大観光地という感じではなく生活の場。
アンデスの暮らしを垣間見ることも出来た気がする。
それだけで来る価値があったと思った・・・

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通り過ぎる観光客目当てに土産物を広げている人々・・・
こんなところでどれだけの売り上げがあるんだろうか?

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ペルーの旅 クスコ編 2 ~インカ帝国~
2005-09-28 Wed 07:44
それにしても空気が薄いクスコの街・・・
少し歩くだけでも疲れます。
それでも、世界遺産にもなっているこの美しい街並みは
世界中の観光客を引きつける不思議な魅力を持っています。

この古い街の歴史を想像すると様々なシーンがイメージできます。
この場所で、インカの人々はどのような生活をしてきたのでしょうか?
多くの謎に包まれたインカ帝国はとても興味深い文明を持っていました。
インカ帝国はペルー・クスコを語るにおいてはずせないテーマ。
軽く基礎知識としてインカ帝国についてふれておきます。

今ではスペイン・コロニアル風に改造された、
インカの首都・・・「クスコ」

ケチュア語で「へそ」を意味するこの場所はかつて
コロンビア南部からチリ北部まで、
400年余にもわたって4000kmにわたる広大な地域を
支配していたインカ帝国の中心だった。
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*マチュピチュがあるあたりにクスコがあります。
マチュピチュはクスコ県にあり、クスコから電車で3時間半。

クスコは帝国歴代皇帝の居城として、
きらびやかな金銀で飾られた神殿や広場があり
華やかな首都として反映していた・・・。

クスコの中心であるアルマス広場。
インカ帝国時代もこの場所は神聖なる広場であった。
黄金の国インカ帝国。
広場にはいくつもの金銀で出来た像が立っていたという。

16世紀、、黄金目当てにインカ帝国を制圧したスペイン軍が手当たり次第に略奪し
金の延べ棒にして本国へ持って帰ったため、
現在その姿を見ることは出来ない。
太陽神をまつった太陽の神殿もその他の建造物も破壊され
インカ人が作った精巧かつ丈夫な石組みを土台とし
スペイン・コロニアル様式の建物を建て、キリスト教会を造った。
そして、人々にはスペイン語とキリスト教改宗を強いた。

現在、ペルー国民95%がキリスト教徒。現在は宗教の選択は自由だ。
ケチュア族の間では大地の神パチャママを崇拝する土着宗教が今も根付いており、場所によっては聖母マリアとパチャママを同一視している。

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かつて太陽の神殿があったとされる、サント・ドミンゴ教会。


金銀でまばゆいばかりにまつられた太陽神。
黄金があふれる都・・・・。
どれだけ美しかったのか?
高度な技術を持ったインカ帝国最上級の装飾だ。
一目見てみたかったと思うのは私だけではあるまい。
非常に残念なことだ・・・。
戦争でスペインに勝てば良かったのに・・・と、勝っていたら今頃どんな
国になっていたんだろうと、考えるとわくわくしてくる。
きっと文化も宗教もいまとは違うだろう。

せめて資料だけでもと思っても、
文字を持たない民族だったため古くから伝わる口語伝承を、
インカ帝国崩壊後、キリスト教布教のために入ってきた
スペイン人修道士による記録という形で僅かに残ってる資料しかないため、
まだまだ謎だらけである。

また、インカ帝国の「インカ」とはもともとケチュア語で「皇帝」という
意味であり、スペイン人がケチュア族のことを指す言葉として
「インカ」と呼ぶようになったのが次第に国を指す言葉になった。
つまり正確にはインカ人ではなくケチュア人が正解だ。
そして「インカ帝国」も正確には「タワンティンスウユ」が正解。
このケチュア語、ボリビア、ペルー、エクアドル、チリ北部、アンチグア、コロンビア南部など主に南米大陸内で1300万人が現在も使用している
公用語である。
ペルーの言葉は主にスペイン語だが、現地のインディヘナの人々の間では
ケチュア語しかはなせない人々も沢山いる。

ちなみに「マチュピチュ」の意味は「古い峰」

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インカ時代の骸骨 インカミュージアムにて
長細い頭蓋骨。板で挟んでわざと長くしていたとか。

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スペイン風になったクスコの街。
コロニアル建築のカラフルな窓や扉。眩しい太陽と乾いた空気によく似合う。
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夕暮れのクスコ。
坂道の多いクスコの街。石畳に光が投影して美しい。
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アルマス広場ではパレードをやっていた。

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アルマス広場の夜景
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美しいクスコの夜・・・。
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ペルーの旅 洋服編 
2005-09-27 Tue 08:36
ペルー女性の素敵なファッションスタイルをご紹介。

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クスコの裁判所の入り口にて。
かわいい現地のおばさんを発見!隠し撮り。
こういう格好がペルーではおきまりスタイル?
帽子とバックがなんともかわいらしい・・・
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街を歩く地元のおばあちゃん。
ペルーの伝統的な服装では髪の毛は長く伸ばし三つ編みにして
その三つ編みの毛先をを一つにまとめるのがふつうらしく、
おばあちゃんなどはこういう格好の人が多かったです。
ジブリの映画に出てきそうなかわいいおばあちゃんが沢山いて
写真撮りたかった・・・
声をかけにくくて隠し撮りもしばしば・・・・
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こちらは民族衣装を身につけたお姉さん。
観光客のチップ目当てにわざと派手な民族衣装を身につけている方が
沢山います。チップをあげる代わりに写真を撮らせてくれる。
一般的には上記二人のような人や、ふつうの洋服の人の方が多い。

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インカ博物館敷地内にて。
織物をしている民族衣装を身につけたお姉さん。
手の込んだ複雑な織物を何週間もかけて織り上げます。
仕事料はいくらもらってるんだろうか??

フォークロアスタイルが大好きな私。
カラフルな民族衣装を見てると本当にたのしい!!
こういうのをデザイナーが見て真似するんでしょうね。

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クスコ郊外、ピサック村の市場にて。
ほのぼの・・・まんがのようなおばあちゃんたち。

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こんな風に街のおみやげ物屋さんではカラフルな民族衣装が
沢山沢山売られています。
私も、紫色のポンチョと毛糸の帽子、あとカラフルな織物の帽子を買って
髪は三つ編みを結い、現地でコスプレしてました。
なかなか評判が良かったですよ(笑)観光客に写真撮られたり
「どこで買ったの???」ってよく聞かれた(笑)
あと、ペルー人に「あなたもペルー人ね!!」って言われたり・・・

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ペルーでコスプレ中のアホな私・・・・
リャマと一緒に・・・

ふつうの人が絵になるペルーの地。
いつもファインダーに目が釘付けだった・・・
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ペルーの旅 クスコ編
2005-09-26 Mon 04:28
2005年9月7日~21日までの二週間。
南米ペルー 女一人旅です。
少しずつですが、どんなところだったのか?
皆さんにもお話ししていきたいと思います。

東京からアメリカ・アトランタまで12時間
アトランタからペルー・首都リマまで7時間
空港で一晩過ごし、リマからクスコへ1時間
乗り継ぎを含めて30時間ほどかけてやっとたどり着いた
インカ帝国の古の首都「クスコ」
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↑サクサイワマンから撮影したクスコの街。

ここは、かの有名なマチュピチュへの起点となる所。
ここから電車にのり3時間半ほどでマチュピチュの梺の村、
アグアスカリエンテスへ向かいます。
おそらくペルー旅行に行く人は必ず訪れる街なのではないでしょうか?
この美しいインカの都はユネスコ世界遺産に登録されています。

標高3360メートル。
クスコはアンデス山脈の中にある街です。
日本一の富士山が3776メートルなのを考えれば
どれだけ高いところなのか想像がつきますか?
飛行機で突然こんなところにきてしまうので
この街に来る旅行者は少なからず体に変調をきたします。
「高山病」です。

私も、到着してしばらくたってから空気の薄さを感じました。
ちょっとの距離を歩くだけで心臓がどきどきする・・・
ものすごい疲労感でした。
高山病はついた初日に動き回った人ほど症状が重くなると言われています。
私も、この先の旅を考えて初日はホテルですこし休むことにしました。
おかげで高山病にかかることはなかったです。

ちなみに高山病に良いとされるのは、
*水をたくさんとること。
*アルコールはさけること
*炭水化物を多く摂取すること
*過度の運動は避けること

それから地元で高山病に良いとされているのは
「コカ茶」
これは有名なコカインの原料となるコカ葉からできるお茶で、
もちろん日本での輸入は禁止されています。
向こうではたくさん飲んできました。幻覚作用は全くありません。
利尿作用が強く、高山病に良いとされています。
味は別になんてことない、お茶です。
特別おいしくもなく、まずくもなく・・・。
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↑クスコの中心 アルマス広場 観光の拠点であり、ホテル、美術館などこの広場周辺に集中しています。
このあたりは観光ポリスがたくさん見張っているので治安もよい。
私のホテルもここからすぐの所でした。

クスコはインカ帝国の首都だっただけあって、インカの古い石組みが
たくさん残されています。
野蛮なスペイン人が黄金ほしさに街や神殿を破壊し、みんな略奪してしまったので
インカの資料となる物はあまり残されていません。
しかし、カミソリ一枚通さないと言われるインカの石組みの精巧さは
当時のインカ民族がいかに高度な文明を誇っていたのかうかがい知ることができます。
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これは有名なインカの12角の石。↑
四角で作れば済むことなのにあえて12角という難関に挑んだインカ人。
これの意味は様々な憶測がささやかれてはいるが真相は定かではない。

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↑クスコ・ロレト通りにある壁。
機械がなかった時代。
人の手によって作られた石壁の精巧さには息をのむ。
何でも、石と石をこすりあわせて研磨していったようなのだが
一体どれだけの労力だったのだろうか?
まったくインカ人はよく働く。インカ人じゃなくて良かった。

これらの石組みの上にはかつてインカの太陽の神殿やインカの街があった。
それらを破壊し、スペイン風の街を作ったのだが、数回の地震で
街は大きなダメージを受けた。
しかし、インカ時代の石組みだけは、地震などでびくともせず
今でもクスコの街の基盤となっている。

我が家もインカ人に作ってもらいたいもんだ。

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↑これは夜のアルマス広場。
スペインに支配されていたため、街の作りはヨーロッパみたい。
石畳がとっても綺麗でした。

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